二階堂行政の妻(正室・側室)と子と子孫たち

中世史(日本史)

鎌倉幕府の政所執事にして、「鎌倉殿の13人」こと十三人の合議制のメンバーでもある二階堂行政。

頼朝とは遠縁にあたる人物でもあります(二階堂行政の母は熱田大宮司・藤原季範の妹で、頼朝の母は藤原季範の娘です)。

朝廷の実務官僚から政所別当(政所令)に華麗に転身を果たし、『吾妻鏡』の編纂にも多大な影響を及ぼしたと言われる二階堂行政の妻子について調べてみました。

二階堂行政の正室?:秦氏(熱田神宮の巫女)

二階堂行政の妻は渡来人系の古代豪族・秦氏の娘だと言われています。

二階堂行政の母方の実家は熱田神宮の大宮司ですが、行政の妻・秦氏は熱田神宮の巫女だったと伝わります。おそらく行政の母方の縁で結ばれた二人だったのではないでしょうか。

行政の妻の秦氏の人物像、実家について詳しいことは詳しいことは分かりません。

ただ尾張国の秦氏関連の有力者を調べると、延久四年(1072)生まれの良忍上人という尾張国出身の僧侶の父は「秦道武」という知多郡富田荘の領主で、母は熱田神宮大宮司藤原秀範なる人物の娘、とのことが分かりました。

藤原秀範なる人物については本当に熱田大宮司だったのかよく分からなかったのですが……(頼朝の祖父・熱田大宮司藤原季範と混同されているような?)。良忍上人の母は田神宮大宮司の息女であったことはある程度確実なようです。

もしかしたら行政妻の秦氏もこの良忍上人や秦道武の縁者なのかもしれません。

そうだとしたら、熱田神宮大宮司とも縁のある女性で、その縁で熱田神宮に奉仕していたのかもしれないですね。二階堂行政、源頼朝の血縁の女性だったのかもしれません。

ちなみに熱田神宮周辺には「旗谷」や「幡野」といった「はた(秦)」に通じる地名もあるので、秦氏は熱田神宮周辺の有力者であったのかも?

二階堂行政の側室:不明

二階堂行政に側室がいたのかどうかは分かりません。

二階堂行政の妻・秦氏は上記では「正室」としていますが、本当に正室であったのかも分かりません。もしかしたら側室だったかもしれません。

二階堂行政の長男:二階堂行村

二階堂行政の長男・行村は京においては検非違使、鎌倉においては侍所の検断奉行の二刀流の御家人でした。和田合戦では、北条方の軍奉行を務め、その功によって相模国大井荘を与えられています。

実朝暗殺後に出家、行西と名乗りましたが、その後も評定衆につくなど官僚として活躍しています。

二階堂行政の長男・行村の子孫は代々検非違使を世襲していました。彼の子孫は建武政権、室町幕府においても活動が見受けられます。

戦国時代、東北地方で活動した須賀川二階堂氏、また薩摩藩島津氏家臣の薩摩二階堂氏は、この行村の系統の子孫だと伝えられています。

ちなみに、江戸時代に薩摩二階堂氏の娘・お重は薩摩藩三代目藩主の島津綱貴の側室となり、四代目藩主となる島津吉貴を産んでいます。

二階堂行政の次男(嫡男?):二階堂行光

二階堂行政の次男・行光は父行政に負けず劣らず実務官僚として活躍していたようです。

特に対朝廷(京都)関連ではかなり活躍しており、三代将軍源実朝暗殺後、四代目の将軍に後鳥羽天皇の皇子をつけようと北条政子たちが考えていた時には、その使者として京まで赴いていました。

二階堂行政の次男・行光の子孫は代々政所執事を独占的に受け継いでいきました。

行光の子孫は室町幕府にも仕え、政所執事、評定衆として活動しました。しかし、室町幕府最後の将軍・足利義昭の追放後、この二階堂氏の子孫がどのようになったのかは分かりません。

出羽本荘藩主・六郷氏は二階堂行光の系統のなかで分家した家の子孫だと言われています。

二階堂行政の娘:伊賀朝光正室

二階堂行政の娘は、伊賀朝光に嫁いでいます。彼女は、伊賀朝光の嫡子となる伊賀光季を産んでいます。

のちに政所執事となった伊賀光宗も、二階堂氏との血縁があった故にその職につけたと考えると、おそらく二階堂行政娘の所生でしょう。

また、二階堂行政の娘は、もしかしたら北条義時の継室である伊賀の方の母であったかもしれません。

そうだとすると、「十三人の合議制」のメンバーでありながら、北条義時と二階堂行政は義理の祖父と孫の関係(孫婿=北条義時)という面白い感じになってしまいますね。

二階堂行政の娘が生んだ伊賀光季は、承久の乱時に京都守護として京にいました。

彼はたびたび後鳥羽上皇に味方となるように誘われますが、「直接上皇が私のもとにきて命令を下さらなければ動きません!(意訳)」と頑としてはねつけたがために、上皇軍によって襲撃され、この光綱ともども自害し果てました。

光季の別ん息子・季村は京にいなかったため生き延び、承久の乱後、光季の遺産を受け継ぎます。

伊賀光宗は伊賀氏の変に巻き込まれ失脚しますが、のちに評定衆に復職し、ほそぼそと活動します。

光宗の娘は大仏流北条氏・北条朝直の妻となっていましたが、伊賀氏の変の影響を受け最終的に離縁という結果になってしまったようです。

北条義時の妻たち
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