大江親広

中世史(日本史)

竹殿 北条義時と姫の前の間に生まれた娘

北条義時には何人か娘がいたと言われていますが、その娘たちの多くは母親が分かっていません。 母親が分かっているのは、継室・伊賀の方との間に生まれた、一条実雅に嫁いだ娘と、もう一人、正室・姫の前との間に生まれた「竹殿」なる娘一人のみです。...
中世史(日本史)

竹御所官女(平時家娘・上総広常孫・大江親広室)について

鎌倉幕府が出来上がるまでに、多くの血が流されていきました。はじめは平氏、そして鎌倉幕府の多くの御家人たち、承久の乱での公家など。 多くの血が流される中で、勝ち馬に乗り続けた一族は少ないと言っていいでしょう。 今回紹介したいのは、...
中世史(日本史)

大江広元の妻(正室・側室)と子と子孫たち

鎌倉幕府のブレーンとして大活躍したのが大江広元です。 「鎌倉殿の13人」こと「十三人の合議制」のメンバーでもある中原親能の弟でもあり、また自分自身も「十三人の合議制」のメンバーとなり、兄弟ともども鎌倉幕府の礎を築くこととなりました。 ...
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