中世史(日本史)

波の下の都を見ることができなかった女 建礼門院 平徳子

父は太政大臣、母はその正室。夫は天皇、子供も天皇。 女には栄華が約束されていました。 しかし、夫を亡くし、父を亡くし―戦乱の果てに、波の間に母とわが子は沈んでいき―女は全てを失いました...
中世史(日本史)

平家の栄華の立役者 建春門院 平滋子

さて、今回ご紹介する女性は、美福門院に負けず劣らずのシンデレラ、かつ、実家を盛り立てていったという点では、美福門院よりもすごいかも?な女性です。 建春門院 平滋子 後白河后 高倉母 兵部少輔平時信女 母民部卿顕頼女 仁安元十...
中世史(日本史)

シンデレラにはなれない 九条院 藤原呈子

さて、お久しぶりです。 女院シリーズ(勝手に命名)、続きの九条院から始めます。 九条院 藤呈子 近衛后 太政大臣伊通公女 法性寺関白為子 母権中納言顕隆女 久安六二十六 叙従三位 十九 四月二十八 為女御 六月二十二為中宮 ...
中世史(日本史)

秘密の恋に落ちた女 高松院 姝子内親王

その女の前には栄華に満ちた日々が待っているはずでした。 しかし歯車は合わず、彼女は姉や母のような栄華を手に入れることは、できませんでした。 しかし彼女は、姉が持つことがかなわなかったものをいくつか手に入れ、そしてそれがために寿命を...
中世史(日本史)

清原マリア(清原いと) ガラシャに洗礼を授けたキリシタンの侍女

明智光秀の娘、たまに洗礼を授け、ガラシャの名前を与えたのは、ガラシャの侍女であった清原いと(マリア)でした。 公家・清原家の娘として生まれた彼女は、なぜキリシタンへの道を歩んだのでしょうか。 ※ちなみにガラシャの侍女としては...
中世史(日本史)

明智光秀の妻 妻木熙子

諸説ある明智光秀の妻ですが、確実に妻だった、と言えるのが、この女性「妻木熙子」です。 彼女はどのような人物だったのでしょうか。虚実入り混じる記録をさらっていこうと思います。 妻木熙子の家族 妻木氏……土岐氏庶流明...
中世史(日本史)

明智光秀が織田信長に仕えるまで

明智光秀って経歴不詳なんですよね。 まず父母が不詳。子供も何人いたかよくわからない。 そんな光秀さんが、どうして織田信長に仕えることになったのでしょう。 光秀子供についてはこちら 明智光秀の最古の記録?『永禄六年諸...
中世史(日本史)

明智光秀の子・孫・子孫たち

本能寺の変で敗れた明智光秀、彼の子孫はこの世にどれほどいるのでしょうか。 調べてみました。 本能寺の変と光秀母との関係についてはこちら 明智光秀の子供 安土山より逃げた明智の部将は、明智の妻子親族等のゐた坂本...
女性史

瓜生繁子(永井繁子) 津田梅子の戦友にして瓜生外吉夫人

日本初の女子留学生、というと、津田梅子、大山捨松(山川捨松)がどうしても有名です。 が、もう一人の留学生、瓜生繁子も、陰ながら頑張っています。女子英学塾創始者のひとりでもありますからね。 彼女の生涯について、追ってみました。 ...
中世史(日本史)

女帝になった……かもしれなかった 八条院 暲子内親王

今回お話しする八条院 暲子内親王は、もしかしたら女帝になっていたかもしれない人物です。 日本において女帝は古代、飛鳥~奈良時代に、6人(もしかしたら「中皇命」含め7人かも)と、時代は下がって江戸時代、とある事情によってやむかたなしに生...
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